ヒキコモリータの生き抜く途

(旧ブログ名 イタリアなのにひきこもり) 

夢みたい

数年前に亡くなった祖母は「夢みたい...」が口癖だった。

祖母はいつも何事にも感謝し、感動していた。

初めてPizzaを食べた時に「夢みたいに美味しいね」

初曾孫が成人式を迎えた日に「立派になって...夢みたい」

私が老人ホームに顔を見に行ったら「会いに来てくれて夢見たい」

お正月が来るたびに「今年も新しい年を迎えられたね。夢みたい」

誕生日にも「みんなに祝ってもらえて、夢みたい」

いつも感謝で一杯の人だった。

 

祖母は夫を戦争で亡くし、再婚した相手も出兵し戻らなかった。

祖母の一人息子である私の父は、祖母の宝物だった。

祖母は亡くなる日に老人ホームから家に戻り、「ビールが飲みたい..」と言って、父とビールを飲み、仏壇の前にごろんと横たわり、父とお昼寝をしてそのまま天に召された。

 

 

 祖母は終戦記念日に、戦没者慰霊式典テレビ中継を見ながら毎年言っていた。

「戦争が終わったこの日から、おじいちゃんが帰ってくる日を楽しみにしていたのよ。結局、夢だったけどね。でも、今日は、家族とこうして過ごせているのよね。本当に夢みたい」と涙ぐんでいた。

祖母の「夢みたい...」という言葉を思い出すたびに、私の満ち足りた日々にイチイチ感謝しよう。と思う。

夫婦一緒に暮らせることも「夢みたい」と感謝しよう。

終戦記念日、お正月、祖母の誕生日、そして、Pizzaを食べるたびに祖母の「夢みたい」という言葉を思い出す。

祖母が生きていたら105歳。

31歳で終戦を迎え、98歳まで生き抜いた祖母。

私がイタリア人と結婚し、イタリアに住んでいることは知らない。

生きていたら絶対に言うだろう「夢みたいな話ね」と。

 

Grazie!!! Smile!!!